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ココロの森

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第1話 (NEW)

    第1話  出国審査直前・やまだ失踪



  第一の珍事は、ローマの地を踏む はるか前から起きた。

  成田空港で出国審査に向かう時である。


  もうすぐ搭乗開始時刻というのに 我々はまだ出発ロビーにいた。
 ファーストフード店のカウンターで固くなりかけたポテトをつまみながら、
 海外初体験のやまだに これからの出国審査の説明やら、
 ミラノでの乗り換えの確認やらをしているうちに
 あっという間にもう40分近くが経っていた。
 あら、大変。時間だ、急がなくっちゃ、と足早に出国審査に向かう。

 まずは空港施設利用料を払わなければならない。
 (当時は現在とはちょっとシステムが違っていて
 空港利用税は個人個人で払わなければならなかった)、
 しかし、そこは抜かりない。
 空港利用税のチケットは予め私が二人分買って
 一枚やまだに渡してあるのだ。
 このまま真っ直ぐ行ってエスカレータを降り、
 税関でそのチケットを渡して、出国審査の列に並べばいいだけだ。


  が、しかし


 ふと気づくと、やまだがいつの間にか消えている。

  驚いてあたりを見回すと・・・


  いたいた。


 施設利用券が見つからないらしく、税関のカウンター前でモタモタと
 ポケットのあちこちを探している。

  ・・・まったく、これだから。やまだは・・・

 だからさっき、スグ出せるようにしておけ!と、あれほど言ったのに。
 『大丈夫です!ちゃんとここに・・・』
 なんて、機内持ち込み用の小さなバックのポケットを指さすものだから
 てっきり準備してあるものだと思っていたら。。。

  でもまあ、じきに来るだろう。
   やまだから一番見つけやすい(私からもやまだが一番見やすい)列に並び 
 審査の順番を待つことにした。

 もう搭乗開始時間を過ぎている。
   ここから少し遠いゲートらしいから、少々急がねばならない。


  ところが待てども待てども、やまだはなかなかやってこない。
   20人以上並んでいた列は、もう前が10人程になっているのに
   やまだはまだ、ポケットやかばんの中を必死にひっくり返して探している。
  顔が青ざめ、手が震えているのが、遠目からでもよくわかる。
  それを見ていて、こっちまで青くなってきた。

 「おいおい、見つからないならもう一度券買ってこいよ…」
 …とは思ったが、やまだがトイレに行っている間に
 私がさっさとひとりで買ってしまったチケットである。
 成田空港に初めて来たやまだに、
 しかも今のパニック状態のやまだに、
 もう一度チケットを購入するなどどいう考えが閃くはずもない。
 ただでさえ、いつもワンテンポ鈍いオンナなのだ。


 やまだの真後ろのエスカレーターを上がってすぐの所に
 チケットの販売機はあるのだけれど。。。


  やまだのすぐ側で彼女の挙動不審な行動の一部始終を見ている税関のお姉さんも、
 あまりに血相を変えた様子に恐れおののいているのか、声をかける様子はない。
  私も『やまだ!』と何度か叫んでみたのだが、
 もうそんな私の言葉は聞こえないほど、彼女はパニクっていた。


  私の順番はどんどん近づいてくる。
  出発時刻も近づいてくる。


  あと4人、3人・・・・


  出国審査を終えたら、こちら側には戻ってこれない。
 このままやまだを残してひとりで審査を通ってしまうのは不安だ。
 きっと出発ゲートまで、やまだは辿り着けないだろう。
 ゲートまでの案内図を持っているとはいえ、
 なにしろ相手は「やまだ」である。
 一般の人と「やまだ」とは、一見同じ人間のように見えるが
 実は全く別の生命体なのだ。
 パニックに陥った彼女の行動は、予測不可能である。


 私の前に並んでいる人数が、あと2人になった。


  ___ダメだ。戻ろう。


  そう思った瞬間だった。
 やまだの顔がフニャフニャの笑顔になった。
 どうやら見つかったらしい。


  やっとのことでチケットを渡し終えて税関を通過すると、
 急いで私の元に駆け寄ってきた。
 言いわけを聞く暇もなく、出国審査を終え、ゲートに急ぐ。
 「パスポートの間に挟んでおいたのに、見つからなかったんですぅ!!
  もう手なんか、ガタガタ震えちゃって・・・心の中で
  『ああ、もう私はイタリア行けない・・・。
   藤紫さん、さようなら。』って・・・」


  勝手に「さようなら」されては、こっちが困るのだが
 やまだは本気でそう思っていたらしく、目には涙が滲んでいた。


 やまだ花子(仮名)、26才。
 友達づきあいを始めて5年になるが
 やはり、未だ謎のオンナである。





                 第2話『爪のおしゃれで搭乗拒否』につづく





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